大学受験を考えている皆さんは、進路を決める際に、自分は理系だろうか文系だろうか、という2つのカテゴリーに分けて考えることに慣れてしまっているかもしれません。
理系だとすると、数物系か化学か、あるいは生物系かもしれない、という具合に。これは、自然界の真理の探究に挑む理学部を受験しようとする人たちについては、まったくその通りだと思います。
しかし、工学部は違います。
工学とは、自然界から資源を得て、自然法則に基づく知識を駆使して人間社会に役立つものを生み出す技術に関する学問のことです。工学部は、どのようにして豊かな社会を作っていくか、という課題を中心に、技術の面から体系的に学習していく専門教育の場です。
人間社会を豊かにするという目的を達成することができるのであれば、それが化学であるか、物理であるかはそれほど問題ではありません。今日、私たちは便利な機械装置や快適な空間を実現するための様々な人工の物質に囲まれて生活をしています。これらの多くは、高校の授業科目で言うと数学と物理と化学の知識をベースにしています。
ところが20世紀の後半になって、工学技術の成果である様々なものが環境に及ぼす影響が、予想外に深刻であることがわかってきました。
特に自然環境に及ぼしてきた影響は地球規模で大きな問題になっています。
環境共生学科は、このような現代社会が抱える環境問題を解決するための知識として、従来の物理や化学だけでなく、さらに生物学の視点が重要になっていることを踏まえた、今までにない斬新な教育の場として構想されたものです。
「共生」という言葉は、最近時々に耳にするかもしれませんが、もともとは、異なる種類の動物や植物が協力しあったり競争しあったりして生きていく状態あるいは現象をさす言葉です。
では、なぜこのような現象を工学部で取り上げる必要があるのでしょうか。
そのためには、技術に関する学問である工学の発達と環境問題の関係を少し考えてみる必要があります。
18世紀にイギリスで始まった産業革命以来、工学の世界は、現実的な課題の解決を目標として抱きつつ、急速に発達してきました。
20世紀に入ると、細分化された科学の手法を取り入れて、さらに急速な発展を遂げてきました。
ところが一方では、20世紀後半から環境問題が取り上げられるようになり、21世紀に入った最近特に深刻になっていることから、若い人たちは未来の技術に対して漠然とした不安を、多かれ少なかれ抱いているのではないでしょうか。
1970年代の日本社会では「公害」といわれた環境汚染が多発しましたが、多くの場合地域的な問題であると考えられていたかも知れません。
実は大気汚染や水質汚染などの環境汚染は、石炭がエネルギー源として使われるようになった産業革命の初期のころに、すでに発生していました。
つまり、工学技術の発達と環境問題は切っても切れない関係があるのです。
近年は、かつてスモッグといわれた大気汚染も、対策技術の進歩によってずいぶん緩和されています。
しかし、地球温暖化や、多くの生物種の急速な絶滅など、人間社会も自然生態系も地球規模の深刻な事態に直面していることに科学者が警鐘を鳴らし、京都議定書に代表されるように国際的にも様々な取り組みがなされているとおり、現実の状況は決して楽観できるものではありません。
では、これまでの工学の発展のどこに問題があるのでしょうか。
私たち環境共生学科の担当教員は、それは生き物の視点が欠けていたことだと考えています。
これまでの工学は、いつも人間の都合を最優先にして発展してきました。
かつての若者があこがれた未来都市には、林立したビルの間を高速道路が立体的にはりめぐらされていて、ロボットが人間に代わって作業をしてくれる、というイメージがありました。
そこには木々の緑や鳥や虫の姿は見られません。でも、本当にそうなってしまったら大変なことです。
なぜなら、人間も生き物であり、多様な自然生態系の一部なのですから。生き物が住めないところには、実は人間も住めないのです。
最近は持続可能性という言葉も耳にしたことがあるかもしれません。今日の豊かさを将来の世代に引き継いでいくためには、他の生きものを押しのけて人間だけが優位に立とうとする従来型の技術ではなく、自然生態系と人間社会がバランスの取れた共生関係を保っていくことができるようにする技術を、工学の一部として体系化していくことが重要になってきます。
そのために、環境共生を実現する技術を学ぶ学科を埼玉大学工学部に開設することになったのです。
このような観点から、環境共生学科では、従来の工学部で重視されてきた数学系や物理学系あるいは化学系の科目群に加えて、生物系の科目群も重要な柱のひとつとして位置づけています。
環境共生学におけるもう一つの重要なキーワードは、「多様性」です。
特定の考えや得意科目だけに固執したり、先入観にとらわれることなく、若い人たちの多様性にあふれた、柔軟な頭脳とすぐれた感性が、次の時代の環境共生の姿を実現してくれることを期待しています。